フランス語の先生
かつて私のフランス語の先生であり、今は友人である人を紹介します。
Franck FROUARD

今は個人でフランス語教室をやっています。
シェ・フランク
http://www.chezfranck.com/



私がフランス語を勉強したのは、正味2年でした。その前に1年フランス語の読み方がかろうじて分かる程度で、シャンソンのレッスンに1年ほど通いました。でも発音がドヘタで。発音の学校に通い、発音はましになったものの、意味がわからず、フランス語を徹底的にやることにしました。

最初に、2年でフランス人と政治の話をする!というのを目標に、1年目の最初はJ' ai une réglette noireという(習った人ならどこで習ったかすぐわかるけど)実際には一生使わないフレーズから勉強を始めました。そこで発音を徹底的に勉強させられたので、後で発音の苦労は一切なし。発音で通じないという経験はおかげさまで全然ありませんでした。

でも、その教室は週1回が基本で、それ以上の回数を増やせません。英語を習得したときの経験上、週3回はその語学の学校に行かなきゃダメだと思っていたし、一節によると900時間ぐらい勉強しないと、ある言語を覚えられ始めることができない、とのこと。入り口に立てないというんですね。だから他の学校と併用して週3回通いました。

学費を出すため、仕事する日は朝10時から夜10時まで、週休1日で頑張って、でも仕事の間も可能な限り、フランス語に触れてました。インターネットでフィガロのサイトとかを読んでたのもこの頃。習い始めて半年も経たないうちでしたから全然わからないけど、知ってる単語が1つあればラッキー。それだけで頑張った気がします。

そうしているうちに、本業のコンピュータが身を助けて、最初のフランス語学校でデータベースを作ってくれって、校長から頼まれたんですね。大丈夫かな?って思ったけど「どーせプログラムは万国共通英語表記さー」とたかをくくって快諾。ところどころのフランス語は辞書持参で、こりゃよい勉強になるぜ、しかもお金もらえるし。

甘かったですねー。フランスのデータベースは、プログラムもフランス語。うっそーーーーーと絶叫したときには、すでに契約済み。死ぬ気で頑張りました。うそ。決まり文句がいくつかわかれば、うちに同じプログラム日本語版があったので、毎日家に帰ると「あのプログラム、どこにあったっけー」などと探して、あたりをつけ、学校でそのフランス語版を見つける、ということを繰り返し、なんとかやってのけました。コンピュータに無知な校長に頼まれて、そこのネットワーク環境も全部整備するはめになっちゃいました。今も私が作った環境、ちゃんと動いてるのかなーあの学校。ちょっと不安。

で、その学校は中級までしかなかったので、レベルが超えてしまったため、そこで辞めました。このとき、自分の最初の先生が「うーん結構ここで働くの大変なんだよねー」っていってたので、もう1つの学校を勧めたら移ってきちゃった。あら、私はリクルート担当じゃないんだけどー。ま、いいか。

で、2つめの学校。ここでは本当にいろんな先生にあったけれど、授業は1時間なんだけど、サロンがあって朝から晩までくっちゃべっていてもOK。ワインあり、チーズあり、お菓子ありで話題には事欠かないし。で、だいたい授業のある日は4時間ぐらいおしゃべりして、その後授業。へたすればその後先生と飲みに行くなんてこともありました。そのうち、日仏と他の国籍の人も混ぜてアートなアソシアシオンを作ろうと思ってるからおいで、って先生に誘われて参加。フランス人のディスカッションの凄さを目の当たりにしてびっくり。初日の会議では「うっそー他の国籍もOKとかいって、フランス人と日本人だけじゃない!しかも皆フランス語ぺらぺらな日本人、多過ぎ!」。だいたい4年以上フランス語を習ってる達人ばかりでしたが、皆それでも話し始めるきっかけがつかめないほど。ぼーーーーぜん、って感じでした。

でも、イベントを立ち上げたことがあって、印刷関係に詳しかったので、そのアソシアシオンがやろうとしていたイベントの広報担当に。ポスターの制作やらなんかを行ったわけでした。その頃、だいたいフランス語を始めて1年ちょっと。
このアソシアシオンの会議というのが、毎週日曜日朝11時から夜11時なんですね、結局。飲んだり食べたりしながら、全然進まない話をどんどんやってく。おかげでフランス語の弾丸にも慣れたし、だんだん議論にも参加できるようになりました。今でも初めて会ったフランス人に臆せず話せるのはこのおかげ。あれはきついトレーニングでしたから。
文法無視のいい度胸がこうを奏して、誰も1年ちょっとしかフランス語を習ってないとは、信じてくれませんでした。議論ってったって、ようはまくしたてればよいのねーと理解した時期でした。ほんと?さーねー。

で、この2つめの学校でFranckに出会いました。最初にあったときから、なんかピンとくるものがあって、何度か習っているうちに家が近くだと知って、そのうち、個人的に習うようになりました。2年目にはどうしてもやりたかったキモ試し、いやDELFの第一段階A1-A4を、とりあえず受験する。できれば合格する。やってみたいのーとFranckにいったけど、全然受験勉強はせず、インターネットでゲットできるニュースとかを題材に、教育の環境、差別、男女の違いなど、フランス人の考え方というのをFranckの口から通して学びました。私もずいぶん日本ではこうだと説明した覚えがあります。

とにかくしゃべりたかった。そして書きたかった。自分の意見をフランス人たるFranckはどう思うのか、知りたかった。アメリカ的価値観に有無を言わずさらされながら生きていたから、どうしても違う価値観で自分を見てみたかった。
そんな無理難題にFranckはよくつきあってくれました。1回2時間。弾丸のようにへたくそなフランス語でしゃべりまくる私を、よく聞いて、文法の間違いだけでなくフランス人はそういうものの見方をしない、そういう言い方をするとフランス人は誤解する、ということまで教えてくれた。

そうこうしているうちに、私にフランス人の彼ができて喜んでいたところ、Franckは「で、彼のこと愛してるの?」 瞬発的に答えられず「とても必要だと感じてる」と答えたけど、ずっとその言葉が胸に残り、結局答えを出せないまま、というより答えを出せないということがわかって別れました。
そして主人に巡り合った。好きになって、まず胸で自分に「で、彼のこと愛してるの?」 と問うてみて、即座に明りょうな「うん」が返ってきたので、結婚しようって思った。主人ははなから結婚するつもりだったらしい。ただ、ずーっと待ってたって。

結婚して、一番驚いたのはFranck 。だって彼は前の彼しか知らないですもん。何が起こったの?って。後できいたら、人生最悪の決断をしたーって思ったそう。主人ってふーわふーわして、いつも夢見てるような人だったからね。ありゃ大変だーって。今もそうか。でもまー温かく見守ってくれて、主人の来日1年でいろいろ助けてくれた。日本とフランスの違いとか、いろいろ。愚痴もきいてくれたみたいだし。で、結婚1周年で嬉しさのあまり、ベサメムーチョをスペイン語で、友人のコロンビア人と夜中の3時に2度も合唱して、慌てさせてくれた。
この結婚、すごく良かったねって言ってくれた。これが本当に嬉しかった。

今はもう恐ろしくてFranckにフランス語を習ってない。だって、家に来るたび、主人みたいに話すようになってる私を見て、主人に「誰が教えたんだ??? 僕の2番目に優秀な生徒を誰がこんな言葉遣いにしたんだー?」って怒るから。心臓に悪いでしょ?でも、怒ってる自分も同じ言葉遣いじゃん、と思うのは私。もちろん心の中でだけ。

あ、ご心配なく。授業ではすんばらしく美しいフランス語で教えてくれます。ふつーのくだけた会話になるのは私たちの前だけ(多分)。先生としてのフランス語しか知らなかったので、主人と話し始めたとき、いきなりくだけた会話になったので、目が点。だましてたなーって思ったのもつかの間。そりゃそうよね、自分だって例えばフランスに行って日本語教師やったら、美しくて正当な日本語教えるもの。当たり前。今では、くだけた会話しかできなくなっちまった私ですが、Franckと話す時だけはなんとか少しでもましに話そうと努力はするの。だって、私の先生だもん。いつまでも。

でも、そんなこんな歴史があって、Franckは特別。永遠の私の先生。彼ほどよい先生は私にとっていないし、他の誰かにとってもかなりよい先生だと思うから、興味のある人はぜひ連絡してみて。日本語全然大丈夫。紹介しますので、ご希望の方はメールくださいませ。
メールはこちら。

あ、そういえばDELFね。結局、書き問題と話し問題があるんだけど、書き問題は、文章を要約せよとか、友人に出すハガキと思って文面作れとか、日常のフランス語だったり、Franckとニュースのディスカッシオンしてたせいで要約死ぬほどやらされてたりで、全然楽々だった。話し問題は、要はしゃべればいいんでしょ、とか思って、あなたの洋服の好みを季節ごとに説明してください、って問題に、洋服関係の単語をvetementしか知らなかったくせにあーだこーだ時間一杯しゃべって、「君はよくしゃべったねー。もういいよ」と先生に言わせて合格。要はしゃべればいいんでしょ、は間違ってなかった。とりあえず日仏学院での試験の場合。ってんで、A1-A4まで一挙合格。フランス語始めて2年足らず。一同唖然、本人は結構満足。
終わってすぐにFranckに電話。「試験終わったよー」「どうだった?」「たくさん書けて、たくさんしゃべれて楽しかったー。皆私の意見聞いてくれるんだもんー」「まったくー。君は本当に得だなー。テストで楽しいなんて。珍しいよ」うん私もそう思う。ただのハイテンションだったのかも。

いつか、DELFの第2段階も合格して、通信教育でフランスの大学の哲学科を修了してみたい。とおおおおおい夢だなー。でもいつか。主人は隣で「まーがんばれよー」と、うしさんかえるさんの本を手に眺めてる。いいんだ、これで。; )
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by oeuf1 | 2004-12-31 09:45 | 雑感 divers
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