アーティストであるということ
また長年おなじみの自問自答にぶちあたってました。まだ、かな。

私はアーティストなのか?

自問自答したって答えは出ないのですが、そもそも答えがでる疑問ではないのですが、
それでも止められないのはなぜでしょうね。

今日はこのうんざりする自問自答につきあってくださるなら、ってことで読んでくださいな。そんな気分なの。

私が、まーいわゆるクリエイティブ系のものに触れ関わったのは、記憶する限り3歳ぐらいから。
父の友人のドラマーさんから、私がリズム感がいいことをめちゃめちゃ褒められたそうです(私の記憶じゃないか。。。)
それから6歳で絵画を始め12歳まで油絵をやってました。これは母の希望。
もう二度と死んでもやるもんかと思ったぐらい嫌になってやめたんだけどな。
それから、10歳でバレエ、11歳まで。もっとこれはやりたかったな。
ジャズダンスは2年ぐらい。18歳ぐらいだったと思うな。

10歳で合唱。15歳まで続けて、後は断続的に続けて、40前後でシャンソンを1年習った。ソロで唄ったのはこのときが初めてかな。
後は、パーカッションからドラムスと13歳から23歳まで。
ジャズピアノを27歳ぐらいから2,3年。

詩は、そう10歳ぐらいから。でも完成したことなかったんだよね。
13歳のある日、中学校が全焼して、ある日突然学校が無くなっちゃった。それで雷に打たれたみたいに書けるようになって、14歳で、中原中也の詩に出会って、毎日中学校に中原中也の詩を万年筆で清書して下敷きに入れてもっていってた。

フランスを意識したのは10歳。Queenのキラークイーンという歌の歌詞にブルジョワの飲むお酒としてモエ・エ・シャンドンというのが出てきて「理解できない単語っ」と記憶してしまったのが最初(英語は3歳からやらされてたから、一応耳慣れてはいた。大嫌いだったけど(笑))。その後、12歳でミッシェル・ポルナレフの強烈なファンの友達に家に呼ばれて、午後中躍らされた(体力的にも精神的にもきつかったデス)。

というのはまーおいといて、14歳中原中也に出会ってから、私はダダイズムというアートの流れを知り、意味もわからないまま勝手に自分の源流にしてしまったのだよね。
フランス語ができるようになってから主人が見つけてきたダダイズムのサイトがあって、改めていろいろ調べたら、ルーマニアの詩人T・ツァラが辞書に無作為にナイフを突き立てて、あたった言葉DADA(フランス語では「木馬」の意味だそう)でダダイズムと名付けられた、かなりのアナーキズム、意味もないところに意味を見いだすというふうに私は理解しているけれど、未だによくわからない。多分一生この言葉の意味は探していくような気がする。

ダダイズムとは
余談だけど偶然みつけた「ダダイスト新吉」の書いた詩。ダダイスト新吉は本名高橋新吉といってダダイズムな人だったらしいんだけど、中原中也がこの人の影響から詩を書き始めたと言われている。「ダダイスト新吉の詩」というのが彼のことを書いてある評論に載っていて、私はこの詩を読んでダダイズムを探し始めたんだった。
東京紅團(小説家などの人生を追いながら街を歩いてる、中原中也のもある)
ダダイスト新吉の書いた詩
Data et Dadaism(フランス語と英語)

こんだけ取っ換え引っ換えやっときながら、職業としてクリエイティブ系を今やっていないのは、自分のそのセンスをお金にすることができないとわかってたから。
お金を払ってもらうためには、お金を払う人が気に入るようにしなくちゃいけなくて、それはできないって本当に知ってたから。

このことは15歳ぐらいで理解し始めて18歳のときにはっきり理解した。
絵だろうと音だろうと文字だろうと、作りたい欲求はものすごく強くあるのに、それを続けると崩壊していく気がした。
だからその時から、ある意味私の人生は余生となってしまって、あきらめからしか始まらなくなってしまっていた。

その頃読んだ、坂田靖子という漫画家の「パエトーン」という作品にきつい一言が書いてあります(漫画は今はまったく読まないんだけど、坂田靖子とか、気分はもう戦争のころの大友克洋とかは20代遅くまでかなり読みました)。才能がありながらそれに振り回されて疲れてしまった主人公の画家の一言。正確には覚えてないんだけどこんなだった。
「僕は芸術を捨てたいんだけれど、芸術が僕を離してくれないんだ」
これは今でも戻っていく言葉です。苦しくなるとこの言葉を思い出す。

そして、物を書く、といっても私の場合テクニカルライターだから、かなり技術的な文章ではあるのだけれど、という仕事を一度通過することによって、ある意味楽になりました。できないのではなく、しないのだ、と。

それからしばらくしてフランスってものに直接触れるようになり、フランス人の友人達ができ、なかでもフランス人のアーティスト達が多くまわりにいるようになって、1つ大きく変わっていきました。

書きたいんだろ?何か作りたいんだろ?じゃ、アーティストだよ。

皆が皆口をそろえてそういうのにびっくりしました。
日本じゃ、私みたいに芸術大学とか専門学校を出てない人は、アーティストの枠にも入れてもらえないし、物を書いたってテクニカルライティングや、その後にお茶の本を書いたけど、物を書くってだれでもできるよね、って扱いをずいぶん長く受けてきたから。だれでもできることを正面切って仕事っていってお金もらって、いいねぇって。
コピーライターなら美しい言葉を考えられるし書けるけど、テクニカルライターは正確でわかりやすい文章が書けなくてはだめ。正確でわかりやすい日本語なんて「アートじゃない」そういわれ続けてきた。

だから、フランス人達が、何いってんの?アーティストは生まれたときからそういうもんだよ。学校出なくちゃいけない人はかわいそうだね、衝動も才能も学校で教えてもらわなくちゃいけないんじゃないの。って皆に言われたときは、本当にびっくりした。

それから私はアーティストになったんだった。
生きてても、呼吸してても、少林寺してても、笑ってても、私は生まれたからアーティストなんだった。

そう思い切ってから、絵も言葉も歌もまた始めるようになったんだった。40歳過ぎてからやっと越えてきた壁だった。むちゃくちゃで意味もなく、12音階とか色調のバランスとか、五七五の語感とか全部捨てて、ただ思いつくまま。

不安になると主人の目を見た。何より主人は生きるアーティストの見本みたいな人だ。ゆるがず、宙に呼吸という絵を描く。

二週間前、少林寺の気功で瞑想をした。今までにないぐらいひどく深く。
それからずっとある衝動が夢に出てくるようになった。

油絵。十二歳でやめたあの忘れてた感覚が夢で別の自分を生きるようにリアルに戻ってきた。
二週間待って、衝動とリアルさが消えないから信じてみようと思って、エリックに相談して絵の具を買った。
そして描いてみた。




何をしたいのかな、私。

でも主人は、この色いいねーたまんなくいいねーって言ってくれた。
よし、大丈夫。これでもう少し前に進める。

私はアーティストだ。
でも詩を書かない詩人で、絵を描かない画家で、歌を唄わない歌手だ。

だって自分でそう名付けたから。

ここまで読んでくださった方が何人いらっしゃるかわからないけれどありがとう。
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by oeuf1 | 2006-03-05 16:58 | 雑感 divers
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